鴉川は平然とした顔でコーヒーを口にしていた。
私はと言うと鼓動が鳴りやまない。
ヘレンローゼカッツェのみんなのことは信じてる。
でも、相手は同じ人間じゃない……。
鴉川はどうしてこんなにも冷静でいられるのだろう。

「瑠宇に会わせたい人がいる。きさらの双子の姉だ」
そう言うと、飲みかけのコーヒーを置いて立ち上がった。

私は無言で後をついて歩く。
鴉川は無表情で歩く。

「きよら」
病室のような部屋に花を生ける一人の少女がいた。
鴉川は優しく声をかけた。
「渓君、それと新人さん?はじめまして」
少女は優しく微笑んだ。
桃色のさらさらとした髪がきれいだった。
真っ白のワンピースを着た少女は
生けていた花の一輪をとって
「よろしくお願いします」
と私にくれた。
「ぁ、ありがとう。……一ノ瀬瑠宇です」
きさらが初めて会ったとき、
私にキャンディーをくれたのを思い出した。

「じゃあ、また来るよ」
「渓君、相変わらず忙しいのね」
気まずい顔をする鴉川。
「いいよ。大事なお仕事だから。私、ここで待ってるから」
天使のような笑顔だった。
「瑠宇さんも、きさらをよろしくお願いします」

私達は部屋を後にした。
「きよらは、きさらのために生きてんだ。あの個室にたった一人閉じ込められてさ、でも笑ってんだよ」
鴉川は悲しげだった。
「AI-Xであるきさらが倒れたときとか、ケガしたとき、きよらの臓器だったり、血液、細胞を原料にしてきさらの身体を修復するんだよ。AI-Xが戦ってる間、双子のもう一人の方はクラウンと呼ばれるカプセルに入る。そこから常にきさらにエネルギーを供給することで人並み外れた能力を引き出すんだ。AI-Xが双子でなければならない理由だ。きよらは自分の運命を理解してる。きさらも、きよらには何となく感謝してるみたいだ」

きさらはあの時言った。
『私は2人分の私でできてる……だから強い』
と。

そう言うことだったのか。

どうして、こんな世の中になってしまったのだろう。
人が人として生きることが許されなくて、
社会に支配されて、自由も何も奪われて、
残酷だよ……こんなの。

「瑠宇、仕事だ」
鴉川の目は真剣だった。
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あぁ、誰かが私の名前を呼んでる……。

「野乃花、野乃花!」
薄っすら目を開けると椿お姉ちゃんがいた。
涙が出てきた。
「私達、捕まっちゃったの?」
椿お姉ちゃんはぎゅっと私を抱きしめてくれた。

私達はマスターに逃がされた。
もうじき、ここの喫茶店に君たちを捕まえに奴らが来るから、と。
それは、警察よりカラスより恐ろしいものだから、と言っていた。
それぞれ、分かれて身を隠した。
椿お姉ちゃんは私を守るために大学の倉庫の一室で一緒にいてくれた。
でも、奴らはそこにも来た。
食料を調達しに行った椿お姉ちゃん。
帰って来た時には、知らない大柄の男の脇に抱えられていた。
そこから、私の意識もなくなって、ここに居る。

牢屋に5人。
私と椿お姉ちゃんと空と光に愁君。
そこにもう1人運ばれてきた。かろうじて意識があるようだ。
手錠をかけられ、何人かの男に囲まれながら歩いてきた。
その人は傷だらけだった。藤堂さんだった。
少し悔しそうに笑ってた。
「俺も、捕まっちまった。」

これで6人。瑠宇さんはいないけど、
ヘレンローゼカッツェが集められた。

藤堂さんを連れてきた男が言った。
「お前らも移動だ。」
私達は手錠をかけられ、別室に連れて行かれた。
歩きながら思った。
よく見たことのある光景。
ここは、私達がマスターに拾われる前に過ごしていた場所。
孤児院の子供が通う学校だ。
図書室の隠し扉を開けた男が私達をその部屋に放り込む。
部屋の鍵が閉まると、手錠のロックが解除された。

埃臭い部屋にテーブルとイス。
冷たくて暗かった。
突然機械音が鳴る。

「はじめまして、ヘレンローゼカッツェの皆様。私は桜条要です」
3D化した映像が喋り出した。
突っかかっていきそうになる藤堂さんを空が袖を引っ張てとめた。

「皆様には今からゲームに参加していただきます。これは宿命なのです。
孤児院で育てられた人間が18歳以上になったらこのゲームに参加する、
皆様が脱走した野良猫だからではなく、もともとこの孤児院のルールだったのです」
桜条要は笑いながら言う。
「政府は親のいない子供を育てた。財政破綻のこの時代に。何故だと思います?
あなたたちに利用価値を見出したからですよ。」
私達は桜条要を睨みつけた。みんな、それぞれに思うところがある……。

「このゲームは国のために行われているサバイバルゲームです。
君たちは、ヘレンローゼカッツェとして鍛えられてきた、とても貴重な人材です。
ものすごく興味深いです。これから楽しいゲームが見られるなんて光栄です。」
「……ふざけんな。」
藤堂さんがつぶやいた。気にせず、桜条要は話を続ける。

「君たちには今からAI-Xと呼ばれる特殊な人種と戦ってもらいます。
彼らは私が開発した人種です。戦っているうちに彼らの驚異的な能力を知ることでしょう。
ただ、訓練を積まないと彼らの能力は無駄です。
能力の使い方を教え込むためには実践練習が必要です。
そこで、君たちのような身寄りのない人間で練習するのです。
彼らは、君たちが出会ったどんな人物よりも強いです。
だからハンデもちゃんと与えましょう。」
機械的に桜条要は続ける。

「ルールはこうです。
戦闘に行き、2時間生き残ればその日のゲームはクリアにします。
その日の命は保証しましょう。食事もきちんとつきます。
武器は好きなものを指定して下さい。ゲーム開始前にこちらで用意します。
仲間と協力しても裏切っても、単独で行動しても、戦法は問いません。
戦わずに逃げるだけでもいいでしょう。
ただ、向こうも実弾を所有しています。殺されたら最後です。ご愁傷さまです。
ゲームには毎日1人2時間必ず参加してもらいます。
参加しないものは処刑です。
しかし、中には実戦が苦手な方もいるようですから、
参加しなくて済む方法も教えましょう。
それは他の人が、参加しない人の2時間分も戦闘に立てばいいのです。
そうすれば、その人の戦闘時間は免除されます。
なお、もとの生活に帰れるのはAI-Xを殺せたものだけです」

「何か、質問はありますか?」
空が口を開く。
「野乃花はまだ16歳だ。免除対象ではないのか」

「いいでしょう。免除します。
しかし、残念ですが野良猫どもを逃がすわけにはいきません。
私はヘレンローゼカッツェが好きではない。
せっかくの実験材料を逃がそうとしたあなた方のマスターへの復讐として
皆様のゲームが終わるまで彼女を預かりましょう。
殺しませんからご安心を」

私はまた意識が遠のいていく……。
「彼女と一緒に、皆様のゲームを観戦させて頂きます。幸運を祈ります」

あぁ、みんながまた私の名前を呼んでいる……。
桜条要と私は中学からの同級生だった。

転校先にいた彼の存在は私以上に浮いていた。
気になってしょうがなかった。
好奇心で彼に近づいてしまったのが、私の人生を大きく変えた要因となった。

「あの……、何読んでるの?」
私が彼にかけた最初の言葉だった。
放課後の教室に2人。どの部活にも所属しない私と要が残っていた。
要は表紙を見せた。
「洋書だよ。興味あるなら貸すけど」
「いや、英語苦手だから」
「僕も苦手。でも、夢があるんだ」
「夢?何になりたいの?」
「科学者。僕がこの世のすべてを変えるんだ」
「かっこいいじゃん」
「馬鹿だな、って思ってるでしょう?」
「すげーな、って思うよ。何にも考えてない僕とは違う」
「じゃあ、君は一生支配下だろうね」
「え?なに言ってんの?」
「目標をもつ僕は支配者になれる。誰にも流されずに生きるんだ」

爽やかに言い放った彼の顔を思い出せない。
でも、当時から彼は暗い征服心を持っていた。

彼は、本当に科学者になったと後に風の便りで聞いた。
私はというと、結局彼の言った通り支配下の人間で、
高校卒業後に戦争に駆り出され、
命からがら帰還した。
多くの戦友を失い、家族を失い。
誰でもいい。旧友がここを訪ねて来るのを静かに待っていた。

「いらっしゃいませ。」
深く帽子を被った同年代の男が来客した。
「久しぶりだね。コーヒーでいいよ。」
聞き覚えのある口調。
「……要?」
「流石だね」
誰でもいいとは思ったが、彼が来るとは。
「科学者になったんだって?」
「論文が注目されただけ。面白いのはこれからさ」
私はコーヒーを出す。
「今は研究資金も足りなくてね。組織を支配して金儲けしながらやってる」
「組織……?」
「あぁ、貧困層をかき集めてね。ゴミあさりしてたカラスの前に餌をやると群がるんだよ」

あの時もこんな表情をしていた気がする。
寒気を与えるような絶対王者の顔。

「カラスは賢い。優秀だ。だが、獲物の前では貪欲。騙しやすい」
「お前、一体何をしてるんだ」
「下準備だよ。調理前のね。それが終わる頃には君もカラスの名前をよく聞くようになるだろうよ」
そう言うと、金をおいて店から出て行った。

あの時、あえてカラスの組織の主犯格が自分だと伝えにきた。
そしていま、彼は政府とつながりを持っている。

私は、彼の考えが読めなかったが、
とても嫌な予感がしていた。



2017.02.17 第8話 旧友
戦後の悲劇から数年経った頃。

私はいつしかマスターと呼ばれるようになっていた。

戦後、空いた裏路地に建てた喫茶店。
夜は酒も出す。憩いの場。
戦場で失った沢山の戦友。昔の友もどこへ行ってしまったのか……
いつの日か、ここに立ち寄ってくれると信じて営んでいた。

だが、来るのは悪い噂だけだった。
仕方ない。喫茶店でくつろげる余裕のある者は、
もともと金持ちか、犯罪で一儲けしたヤツくらいだった。

ある常連客が私に言った。
「なぁ、マスター。知ってるか?」
「何です?」
「カラスって組織の人間が言ってたんだけどよぉ、次の戦争に向けて国が動いてるらしいでっせ」
「また戦争ですか。こりごりですねぇ。先にこの国を立て直してほしいものです」
「いや、それがよぉ、今度は人間が戦わなくていいらしいんだ。なんやら、その研究をしてるとかで」
「ほう」
「俺は、今度その機関に就職しようと思ってな?」
「どんな研究何です?」
「それが詳しいことはわかんねぇんだがな」
常連客は酒を片手にまた続けた。
「でも、俺はどうせろくでもない人間になっちまった。せっかく声をかけてもらえたんだ、やろうと思うんだ」
「カラスは国ともつながっている、ということですか……」
「まあ、それを考えちまうとどうにも怪しい話になるがな」
「私はあまりカラスを知りませんが、危険でしょうね」
常連客は目を閉じて溜息交じりに笑った。
「あぁ、ここもしばらくご無沙汰になるかもな。どうだ?マスターはやらないか?まだ若いんだし採用なるぞ」
「私はもう危険な橋は渡りたくないから、こうして稼げない仕事をしてるのですよ」
私達は笑った。

内心、笑えない話だった。
また戦争が始まるのか、と思うと吐き気がした。
それだけじゃない。
カラスが国とつながっているだと?
何をするきだ……要。

「でも、もう少し詳しい話が分かったら検討したいので教えて頂けますか?」
「あぁ、マスターにはいつも世話なってるからな」
「助かります」

桜条要、お前は今なにを考えている?

研究観察課…。

私は訳が分からないまま、そこにいた。

だが予測不能な状況には慣れている。

職業病だろうか。
そう、冷静におきた出来事を対処する。
その時、最善と思った通りに進む。
全てを疑い、自分を信じて…。

更衣室から出るとすでに鴉川が待っていた。

「うんうん、よく似あってる。」
鴉川は笑顔で私をみた。
さっきまで、あんなに深刻で頼りない顔してたくせに。

「瑠宇、君は今日からここで働いてもらう。」
「桜条要の命令か、それともお前の独断か?」
「我が主の判断だよ。もともと、君が盗み聞きしなければ巻き込まれずにすんだのに。」
「違う、あれは…。」
「別に僕は怒ってないよ。むしろ、ここに来てくれて歓迎だ。」
「なぁ。」
「ん?」
「さっきから、戦場とか…物騒なところみたいだが。」
鴉川が笑う。
「そうだね。僕の身の危険が君に分散されるって思うと、ほんと感謝しなくちゃね。」

鴉川が社員食堂に案内した。
「さてと、じゃあ説明しよう。」
コーヒー片手に話し始めた。

ここは、国家政府が極秘に作った研究施設。

日本は元号、弦嗣(げんし)48年に世界大戦で敗戦国となった。
結果、貧困層や孤児が増え財政は崩壊していた。
各所で暴動、犯罪が相次ぎ、警察は手に負えなくなった。
働き場所のない貧困層は、組織をつくり身を守った。
この時代を生き抜くために。
ヘレンローゼカッツェやカラスも基は同じだろう。
カラスは金を巻き上げて、食糧を得て、雨風をしのいでいた。
ヘレンローゼカッツェはカラスに巻き上げられた金の奪還や
他組織に対するの復讐の依頼を受けて収入を得ていた。

裏社会が目に見える社会。
それがいま。

だが、世界はそんな日本をさらに追いつめようとする。
敗戦国日本は領土を奪われていない。
日本領土を求めて、他国が争っている。
いつ、どこに狙われるか分からない、というのが現状だ。
日本の治安の立て直しよりも国家が優先したこと。
それが、日本領土を守るための開発。

「AIと人類の遺伝子を組み合わせることに成功したんだよ。」

AI…
人類の持つ知能を機械的に実装する、
人工知能への試み。

「人の遺伝子を持つなら、人じゃないか。」
「そうだね。ただ、彼らは与えられたものが人間じゃない。」

研究により、
一卵性双生児を人工的につくることに成功。
さらに、一定時間特殊培養液に受精卵をつけることで
人類の本来の力を超えた体力、判断力、回復力
を持って出生することが分かった。
さらに実験を重ね、片方の出生児には人工知能を埋め込み、
AならばBというように機械的な知能に脳を上書き。
都合のいいようにプログラミングされた人間の出来上がりだ。

「戦うために生まれた人間、AI-X。彼らの名前だ。」
「きさらも…。」
「そう。AI-X4、これがきさらの名前だ。」

戦いの練習の為に、きさらはこっちに連れて来られた。
きさらは他のAI-Xとは違う。
戦闘能力値が異常に高く、戦いに集中するほど、
プログラミングによる抑制が作動しない。
下手したら、仲間も判別つかないで暴走する可能性がある。
いわば最終兵器。
ただ、練習は積まないといざという時に使い物にならない。
そこはただの人間と一緒だ。

「我々は、練習による評価、対策と報告を行う。」
「それに、私も加われということだな。」
鴉川は頷いて続けた。

練習には実弾を使う。
相手は人間だったり、機械だったり。
いつどこに敵がいるかは分からない、実戦形式。

「人間がAI-Xと戦うのか?」
「言っただろう。僕の所属していたカラスは僕が桜条に来てから行方不明で遺体も分からないって。」
「まさか…。」
「今はAI-Xの練習相手だよ。きっと、僕を恨んでるだろうね。」
「じゃあ、」
「君の仲間も。捕まったらAI-Xの練習相手。そして、敵だ。」

嫌だ…。
嫌だよ…。会いたくない。
ここでは。