ヘレンローゼカッツェ…通称、野良猫。
私が生まれ育ったのは、この組織の中だった。
親などいない。孤児院から引き取られた者の集団。

孤児院から私達を引き取ったのは、名前も明かさない1人の男だった。
彼は、路地裏で喫茶店を経営していることから、マスターと呼ばれていた。
一軒家の一階が喫茶店、二階は孤児達のシェアハウス、そして地下にマスターの部屋があった。
私は、シェアハウスが苦手で、よく喫茶店で過ごしていた。
マスターは無口だが、とても優しかった。

孤児院から引き取られたものは、共通点があった。
皆、何かを憎んでいる…。
それぞれに、重いものを抱えていた。

私も同じだ。
私は、両親を殺した犯人が憎かった。
いつか、復讐してやる…そう決意していた。

そして、マスターはよく私達に課題を与えた。
ほとんどが犯罪がらみの依頼だ…。
それでも、誰もこの組織から抜けたいと口にしなかった。
その収入で私達は生活していたし、それが私達の日常だったのだ。
それに、仲間としての意識が強かった…。

だが、ある依頼を引き受けて私の日常は大きく変わってしまった。
マスターから渡された依頼文、

『桜条家の娘を殺してほしい。』

マスターは言った。
「桜条は、君が追っていた犯人だ。」

そう、これはマスターが私にくれた復讐の機会だった。

付け加えてこう言った。
「報酬が高い依頼だ。カラスに気を付けろ…。」

ようは、他にも桜条の娘を狙っている組織がいる、ということ…。

「承知だ。」

これは、私の獲物だ…。
誰にも譲らない。

だが、その後出会った桜条家の娘は、
私が今までに出会った人物の中で一番衝撃的で
厄介な相手だった。

このときはまだ、何も知らなかった…。


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私は、マスターから依頼文を受け取ったのち、二階のシェアハウスに戻った。

シェアハウスには4部屋ある。だいたいが相部屋だ。
それぞれに部屋の名前が付けられている。

風の間…
倉坂空(くらさかそら)と倉坂光(くらさかひかる)の部屋。
彼らは双子だ。
空はリーダー的な存在で温厚な人柄。
対して光は人嫌い。双子の兄である空の言うことしか聞かない。
2人はハッキング担当で、仕事ではいつも助けてもらっている。
組織を知るものからは『蜘蛛』と呼ばれている。

星の間…
谷島愁(たにしましゅう)、藤堂奏汰(とうどうかなた)の部屋。
愁は『無口スナイパー。』
暗い、とにかく暗い…。同い年だがほとんど話さない。
藤堂さんは『狂った拷問官。』
この呼び名はなぜか彼も気に入っている。
ヤクザがらみの依頼は藤堂さんに任せておけば安心だ。

紅葉の間…
椎原椿(しいはらつばき)、佐多野乃花(さたののか)の部屋。
椿さんは黒髪で美人。仕事で薬などを使いたい時に提供してくれる。
ついた呼び名は『闇医者』
野乃花ちゃんは唯一の年下。外部からの聞き込み役。
掌で相手を転がし、仕事が終わると消え去る、『毬使い』。

そして、私の部屋。
紅の間。
私の役目は内部に潜入して相手の情報を得る。呼び名は『猫』。
場合によっては暗殺依頼も引き受けるが…。元は、もうここにはいない人の仕事だった。
ある依頼を引き受けた後、行方不明になった男だ。

…鷹尾颯馬(たかおそうま)。
私に暗殺の術を教えた。『アサシン』と呼ばれ恐れられた男。

どこにいるのか、私達はずっと調べていた。
だが、未だに見つからない。
あれから2年、彼の名前を口に出す者はいなくなった。
内心では思っている…どこにいるんだ、と。

ふと我に返り、自室の隅に置いてあったスーツケースを取り出した。
桜条家に潜入する準備をしなくては…。
マスターによると桜条家に住み込みで雇われることになっているらしい。

名前は本名である、一ノ瀬瑠宇(いちのせるう)としての潜入。
普段、マスターは別名をくれる…
しかし、驚いたことに今回の依頼主は
桜条要…桜条の娘の祖父であった。

もはや、潜入ではない。
一体何が目的なのだろう…。
桜条家を恨む私に、なぜ孫の命を渡すんだ…。
報酬を支払った後は、自分の身も危険になるはずなのに…。
同時に、私が本名で潜入するのは私自身にもリスクの高いことである…。

でも…
きっとこの仕事を終えたとき、全てが終わる。
そう感じていた。





私は、荷物をまとめるなり、今回の案件についてメールで一斉送信した。

私達はあまり顔を合わせて仕事の話をすることはない。
空と光が独自に改造したPCと、それに連動するイヤホン式の音声入力装置で仕事の相談をする。
これは、一般のネットワークとはつながらず、ハッキング出来ない。
PCの立ち上げには指紋認証システム、及び3Dカメラ認証システムで本人の顔の一致、及び背景に映る映像が記録される。
イヤホン式音声入力装置は、声でロックを解除しなければならない。
微妙な差を感知するため、たとえ双子の声であろうとロックを外せないらしい。
そして便利なことに、PC入力された文字も音声化されて聞こえるため仕事には欠かせないアイテムだ。

カラスどもが街の至るところに仕掛けた、我々をつぶすための監視カメラや盗聴器…
そんなものにおびえているわけにはいかない。
全く、まるでイタチごっこだ…。

私はPCをスーツケースにしまい、イヤホンに切り替えた。
返信が次々に来るのが見ていて疲れるからだ。

空:『そんな依頼がくるなんてなぁ。』
野:『マスターって一体どっから依頼とか案件拾ってくるんですかねぇー?w』
光:『この依頼に乗っかるのは自爆だな。』
野:『えーっ、私は後方サポートしますょ!』
光:『野乃花も死亡フラグ。』
空:『いやいや、内部潜入は瑠宇の仕事だけどさ、みんなでやる仕事なんだからね?』
野:『そうだ!そうだぁ~www』
奏:『なにこれ、楽しそうだねぇー?一致団結!みたいなぁ~?ww』
野:『はい!一致団結の会です!』
椿:『野乃ちゃん、ちょっとずれてるからね?』
奏:『みんな揃ってヘレンローゼカッツェ!そうだろう?』
光:『猫って呼ばれてんの、瑠宇だけだがな。』
愁:『一理有…。』
椿:『いや、愁は乗っかるとこ違うから!』
空:『まぁ、取り合えず潜入先からいつも通り報告してくれ。』
瑠:『わかった。明日から仕事が片付くまで桜条家にいることになるが、よろしく頼む。』
椿:『後で、暗殺に使えそうな薬調合して持ってくから!ついでに暗殺ペンも…w』
瑠:『助かります。』
空:『桜条家については今、光に調べてもらってるから。』
奏『武器はどうするつもりだ?』
瑠:『短剣として、194型スぺツナズ・ナイフとα型ソードブレイカー、後は銃ですが、持ち運びやすいベレッタ92を。』
奏:『相変わらずベーシックだねぇ。俺ならもっと冒険するけどw』
空:『奏汰はそろそろ顔が割れそうだから、弾が足りなくなったら愁を経由して調達お願いね。』
瑠:『お願いします。』
愁:『了解です。』
奏:『僕の活躍が素晴らしいってことだねwわぁーいwww』
野:『そうなんですか~?』
椿:『いや、野乃ちゃん。藤堂があほ過ぎて顔が世間にバレ始めたって話だよ。』
奏:『まぁ、ピンチになったらよんでねぇー!愁君と僕が助けに行くよ!そして、僕はやっぱりヒーロー‼』
椿:『愁、仕事の締めに藤堂の目、片方なら打ち抜いていいぞ。』
愁:『了解です。』
奏:『えっ、ちょっ、椿さんこわーい!てか、隣で愁がライフル手入れしてるの!ほんと怖いから!』
野:『藤堂さん、ビビりですねw』
空:『あー、野乃ちゃんに言われちゃったね。』
愁:『Cx4/Mx4ストームです。』
空:『うわぁー、最近愁が一番お気に入りのやつだぁw』
愁:『…ふふっ。』
瑠:『あの、皆さん。明日からお願いしますね?』
空:『おう、安心して行ってらっしゃい!』

みんな、いつも通りだ。
何となく、平常心を保てるのは彼らのおかげだろう。

ヘレンローゼカッツェ…
それが私の家だ。

ここにまた、帰ってくる。絶対に。



私は、荷物を持って桜条家の前に居た。
寒い冬の日だった。
雪がちらつき、
風が頬に当たって痛かった。

インターホンごしに出たのは、
若い男であった。
きっと、使用人であろう。

だが、出て来たのはなんともラフな格好の人物であった。白のワイシャツにワインレッドのニット、ベージュのチノパン、ブレスレット、クロスのネックレスに黒髪、高身長のメガネ。
この人は、桜条家のものか…?
「初めまして。本日からお世話になります。一ノ瀬瑠宇です。」
「初めまして。君が瑠宇さんね〜♪どうぞ上がって!僕は、ここの執事をしてる鴉川渓(からすかわ けい)よろしくねw」

…カラス?
名前にカラス…堂々過ぎる。
いや、でも偶然かもしれないが
一応注意人物だな。
というか…ぇ、執事⁉︎
…近代の執事とは変わって来てるのか?

「とりあえず、君の部屋は二階だよ。鞄、お持ちしますよ。」
「結構です。」

うっわぁ…、めっちゃにこにこしてる。
絶対、鞄持たせたくないゎ…。

「そっかー、タフだね!」
うるさい奴。そして満面の笑み!
なんだ。コイツ…。

「はい!ここー!」
「ありがとうございます。広いですね。」
「そうだねー、まぁ。きさらちゃんと二人で使うことになるからね!」
「きさらちゃん…?」
「桜条家のお姫様♡!」

ぁ?
ぁぁぁぁああああ⁉︎

「もう時期、ロンドンから帰国するんだけど、どうやら要のじぃさんによると、ロクに日本語喋れないし?日本の文化とか知らないし?ベビーシッター的な感じで君と同室にしたんだってー!」

なんだ、これ。
殺りたいほうだいじゃないか!

「いいなぁ〜♪僕も執事じゃなくてシッターが良かったぁー。ほんと残念〜。あんな可愛い子と四六時中同じお部屋とか羨ましいなぁ〜。男って損だねぇーww」

「はぁ。」
「まぁ、その代わり!要のじぃさんと会えるのは僕だけー!野良猫の君は精々きさらちゃんとおままごとでもしているといい。」
「…お前、」
「…初めまして。僕がカラスだょ。」
不吉な笑みを浮かべた。
「カラスと野良猫、両方雇うなんて流石桜条さんだよねー!どっちが先に報酬を得られるのか、まるで遊んでいるようだw」

まず、コイツから始末してしまおうか後でみんなに相談だな…。

「…てか、猫って女の子だったんだねw」
「女だが、それが何だ。」
「いやぁ、強いって話だったし、監視カメラ見ても、声聴いても、男の子かなぁーと思っててさw」
「悪かったなぁ。」
「いいゃ、むしろ要のじぃさんはすっごく喜んでたよ!趣味で集めてたメイド服着せられるってねぇ‼︎ほら、見て見て!」

驚愕だ。悪趣味!キモい!
いや、絶対こんなフリフリの、
め、メイド服⁉︎着れるかぁっっ‼︎

「ははっ!残念だねぇー。僕は服装自由なのにねぇ〜♪もうじぃさんテンションMAXでさぁー?w僕も野良猫に早速これ着せるのかぁーって、ワクワクして楽しみに待ってたんだょ?w」

コイツらぁ…。

「ぁ、因みに!着てくれないと即解雇だってwwそれはそれで、きさらちゃん1人じめ出来るから良いんだけどねぇーっ!」

なぬっ⁉︎

「まぁ、着替えたら一階の大広間に!」

あいつら…覚えてろ。

さて。
ぁぁ…これ、着るのか。






























クローゼットには、沢山のメイド服…。
桜条要……、悪趣味すぎるだろっ!!
あーでも着なきゃ解雇、絶対ごめんだ。カラスの言うことを鵜呑みにしたくないが、
だがリスクがある限りは…。こんなことで、仲間に迷惑掛けられないしな。

で、着替えたはいいが…。
鏡に映る自分の姿をみただけで吐き気が…。
お願いだ!誰もみないでくれぇぇっ‼
さっさと終わらせよう、それが一番。

私は、カラスに言われた通り、一階の大広間に向かった。
大広間のドアの前でカラスが待機していた。

「瑠宇ちゃーん、似合うじゃないかww」
「カラス…仕事が終わったらお前も始末してやる…。」
「カラスじゃなくて鴉川!まぁ、渓って呼んでくれてもいいんだけどね?」
全く、面倒な奴だ。
「私は、そこまで親しくなる気はない。」
「でも、これから一緒に暮らすんだよ?仲良くしといたほうが賢いんじゃないかな。」
「長居する気などさらさらない。」
「ふぅーん、そうか。かわいそうな子猫ちゃん。お兄さんを頼ってくれてもいいのに。」
何なんだ…。気持ち悪い。
まるで、これから長い付き合いにでもなるようじゃないか。

大広間には大きなテーブル、赤い絨毯にシャンデリア。
いかにも豪邸、という感じであった。

鴉川は大広間の突き当りの席に向かって歩き、静かに言った。
「さて、我が主。一ノ瀬瑠宇をお連れしました。」
「よく来たな。私が桜条要だ。まぁ、座りたまえ。」
それまで、私と鴉川しかいなかった部屋なのに…。
鴉川が椅子を引き、私を誘導する。
「驚いただろう?」
鴉川はそっと私の耳元でささやいた。
あぁ、驚いたよ。3D化した桜条要の映像と話すことになるとは…。

「一ノ瀬君、現物の私と話せるのは執事である鴉川渓だけ。君と話すのはこのような形となる。」
「別の場所にいるんですね。」
「そうだね、だから君が私を殺すことは不可能だ。」
「なるほど。」
挑発とも思えてくる言葉だ。
「君を雇ったのは、この私。知っての通り、君から両親を奪ったのもこの私。」
「どのようなおつもりですか?」
「ちょっとした償いだよ。まさか、娘さんがいるなんて誤算だったんだ。申し訳ない。」
「…ふざけるな!」
「君がそう感情をむき出しにするのは仕方ない。本当に大きな誤算だったよ。」
「桜条家の娘を殺せというのは…償いのつもりですか?」
「どうかな。私にとっては大事な孫に値する。できれば、お願いしたくないよ。」
「では、なぜ。」
「彼女は私の脅威だ。君とは比べものにならないくらいのね。」
「どういう意味だ?」
「詳しいことは言えないが、君には彼女を人間らしく教育してほしい。殺したければ殺しても構わない。」
「教育?」
「人間として対等に付き合ってもらえれば十分だ。」
「闇の中で過ごしてきた私に、」
「そんな君だからだよ、一ノ瀬君。きっと君なら彼女が誰にも危害を加えないようにうまいことやってくれると信じてるよ。」
「危害を加える?」
「一緒に過ごせばわかるさ。彼女は強くなり過ぎた、暗殺すべき人間だ。残念だがな。」

危害を加えるほど強くなり過ぎた暗殺すべき人間…。
逆に私が殺される可能性もあるということか…?
「我が主、お時間です。」
「それでは、一ノ瀬君。彼女のことは君に任せた。人間として扱うか、殺してしまうか、君次第だ。」
徐々に桜条要の映像がぶれていく…。
「それと、メイド服お似合いだよww」
「くっ、」
クソじじぃ!!完全に映像は消えてしまった。

鴉川はにこにこと笑っている。
「ね、長くなりそうでしょー?」
「…さっさと片付ければいい話だ。」
「怖いもの知らずだねぇ。明日、帰ってくるからよく見極めたほうがいいよ?僕、野良猫の残骸興味ないし。」
「おい、勝手に私を殺すな。私はあの家に帰るんだ。」
鴉川は腹を抱えて笑った。
「野良猫の家ねぇ、まだ残っているといいね。今頃きっと炎の海。マスターは最期のコーヒーを入れてるのかな。」
「!?」
私は、鴉川の首を掴み、ナイフを突きつけていた。
「お前の仕業か。」
「まさか。我が主も言っていただろう?ちょっとした償いだって。君の命だけ守ってくれたんだよ?」
私は手が震えていた。怒りと唯一の仲間が襲われた恐怖で…。
鴉川は瞬時に私の腕をつかみ、ナイフを振り落とした。
鴉川の頬にナイフの先がかすれた。
「僕の仲間はもうほとんど全滅だよ。遺体は見つからないが、行方不明だ。」
「…。」

私の頬に涙がながれた。
階段を駆け上がり、自室の部屋を閉め、イヤホンをつける。
「聞こえるか、応答しろ!」
返事はない。
「応答しろ!!」
…誰か。出てよ。お願い。

誰も出なかった…。

桜条要に対する憎しみが沸々と増幅していくのが分かった。
絶対、復讐してやる…。

両親も仲間も奪われた私には、復讐心しか残っていなかった。